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あなたの味方をされる聖書の神は、全能の神であることを知るべき(キリスト教伝道)

先の事は思い出されない

「見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。先のことは思い出されず、心に上ることもない」(イザヤ書65章17節)

 

聖書というのは、自分の読みが浅いと思われることがあっても、神に近づく思いをもって読み続けていくことが大切です。そして教えられたと思ったことは、心に深く留めて実行していくことです。

 

神は人に対して、過去を忘れた証拠として、神はこれから多くのものを与えるから、それを楽しみ喜ぶように、と語ります。実に私たちは、神をこのように気前の良いお方として見てきているでしょうか。

 

自分に能力がないから、この壁は越えられないということがあっても、あなたの味方をされる聖書の神は、全能の神であることを知るべきでしょう。神はいつでもあなたの過去よりも、新しい人生に関心を向けておられるのです。罪を赦し、祝福を注ごうとしておられる、聖書の神を信じましょう。

 

神と語り合う

なぜ神は人に悔い改めを要求されるのでしょう。神は、悔い改めを求めながら、実際には、自分の心に素直になる機会を与えてくださっているのです。

 

自分の課題が分かったら、まず神と語り合うことです。自分の課題を神様に訴えながら、神様と良き時を過ごす、つまり聖書通読が重要になるのはこういう時なのです。聖書通読は、神のいのちに触れること、自分の抱えている問題について、神のカウンセリングを受けて癒されていくことが目的です。神のいのちを吸収するように聖書を読む、これが基本です。

 

神の語りかけを受けるなら行動も変わるのです。聖書の神は、人と心を交わされる神なのです。

 

苦悩の中での祈り

「詩編」には、さまざまな人間の葛藤や痛みが正直に記されています。聖書は人の悲しみを隠すこともごまかすこともせず、それを正面から見つめ、その悲しみや苦難の中で、すべてを創造された神に向かって祈るのです。

 

神様は、私たちが病や悲しみ、うめきや痛みを通ることをあえて許され、チャレンジとして与えられます。しかしそのすべてが神の愛に基づいた招きであることを忘れてはなりません。神は愛の御手をもって私たちを支え、招き続けているのです。

 

私たちも、今の状況の中にある神の愛の招きに応じて、神様が用意してくださっている魂の憩い、涙を拭い、救い出して下さる主の助けを受けるべく、神様のもとに行きたいと願います。神様はあなたを愛し招き、あなたを祝福しようと待っていらっしゃるのです。

 

心の目が開かれる祝福

救い主キリストが彼に与えたのは、「救い」でした。それはただ単に目が開かれたことにとどまりません。彼の心の目、信仰の目、人生の目が開かれ、彼は救い主を目の当たりにし、人生の主として、このキリストの後についていく歩みを始めたのです。

 

キリストはあなたの人生をも内側から作り変え、心の目が開かれる人生へと導いてくださいます。あなたもキリストに心を向け、心からの叫びをそのまま祈ってみませんか。あなたにも愛と恵みに満ちる人生が用意されているのです。

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