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娘の死をきっかけに、クリスチャンになる(キリスト教伝道)

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あなたは一人ではない

1人の子どもとつながる支援プログラム

 

イエス・キリストは「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」(マタイの福音書28章20節)と約束されました。また、「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません」(ヨハネの福音書14章18節)、「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(へブル人への手紙13章5節)と言われました。

 

どんなに孤独と思えるような生活の中でも、いのちを懸けて愛を示してくださったイエス・キリストというお方が、「あなたを捨てない」「決してあなたを見放さない」と約束してくださっています。あなたもこのことばを信じたら、孤独から解放されていくに違いないと思います。

途上国の子どもたちの1対1の支援プログラム

 

残された者の悲しみに

聖書の中で一番短い句は、「イエスは涙を流された」(ヨハネの福音書11章35節)であると言われています。この短いことばが、今日までどんなに多くの人々の慰めになってきたかわかりません。愛する弟を失って悲嘆にくれている二人の姉たちの前で、イエスも同じように悲しんで涙を流されたという場面だからです。私たちにとって、悲しみをわかってくれる方がいるということは、本当に大きな慰めではないでしょうか。

 

もっと大きな慰めは、「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです」(11章25節)と言われたことばの中にあります。イエス・キリストは私たちを罪から解放するために十字架で死なれましたが、よみがえられました。その復活のイエスを信じる者は、同じように復活にあずかることができる。まさに死んでも生きるということが起きるというのです。

 

イエス・キリストの十字架と復活によって、死は終わりではなく、天の御国で主イエスとお会いし、そして愛する者と再会することが保証されるようになりました。

 

使徒パウロは、先に亡くなった人たちのことで、いつまでも悲しむことがないようにと言っています。やがてみんなと再会して永遠に御国で共に過ごすことができるようになるのだから、悲しまなくてよいのだと言ったのです(テサロニケ人への手紙4章13,14節)。

 

愛する人を失って、悲しみに打ちひしがれている人を慰めることは、簡単ではありません。しかし、主イエスの復活の事実と、希望の約束のことばに根拠を置く時、真の慰めをそこに見出すことができるのです。

 

私の友人の妹は、6歳でその短い生涯を閉じましたが、教会学校に通っていました。彼女は両親たちに「私はイエス様を信じているから天国に行けるよ。だから大丈夫。みんなもイエス様を信じて天国で会おうね」といって微笑んで息を引き取りました。その日家族は、確かに天国はあると確信したのです。そして次々とクリスチャンになりました。

 

誰もがいつかは悲しみの現実に直面するときがあると思いますが、その中で得られる慰めがあることを知っていただきたいと思います。

1日あたり150円の支援で「希望」を

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