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神の祝福が全世界に及ぶように 安息、安らぎに必要なことは信頼(キリスト教伝道)

神の祝福が全世界に及ぶように

「どうか、神がわたしたちをあわれみ、祝福し、御顔を私たちの上に照り輝かせてくださいますように。あなたの道が地の上で、御救いがすべての国々の間で知られるために」(詩編67編1、2節)

 

聖書は言います。「神は、すべての人が救われて、真理を知ることを望んでおられます」(テモテ人への手紙第一2章4節)

神の恵みは地の果てまで及びます。しかしその広がり方は、ひとりが罪に死んで神に生き、そのひとりの上に神の御顔の輝きが輝き、そして、となりの人をも照らすという順序ではないでしょうか。私の上にあふれる神の祝福が、やがてとなりの人へ、そして全世界の人々へと広がるのです。

 

主の前に静まり、待て

「主の前に静まり、耐え忍んで主を待て」(詩編37章7節)、「主を待ち望む者、彼らが地を受け継ぐからだ」(9節)

 

安息、安らぎに必要なことは信頼です。休み、安らぎに必要なのは信頼です。主、神様の前に「待つ」「静まる」ということは、一番深いレベルの信頼なんですね。「主の前に静まる」とは、「主をひたすら信頼すること」なんですね。それは、主にお任せしたことを、主はしっかりと取り扱ってくださると知って、信頼して安らぐ、安らうことなんですね。

 

神様にお任せしたものが、あなたの敵であるなら、神がその敵の面倒を見てくださる。神にお任せしたものが、「問題」であるなら、神様がその問題を解決してくださる。もしそれが、心にのしかかる重荷の場合、神がその重荷を引き受けて背負ってくださるということ。いかなる場合も、神様が力を与えてくださるということなんですね。

 

神様は私たちに赦しが必要なとき、私たちが神様に全く明け渡した罪を赦してくださいます。明け渡したら、静かに一歩退いて待つだけです。

 

 

わたし、主は……あなたの手を握る

「わたし、主は……あなたの手を握る。あなたを見守り……」(イザヤ書42章6節)神は霊のお方ですから、見えないお方です。しかしそのお方が、手を伸ばし、私の手を握り、じっと見守っていてくださる。神様の手は、力強い、万物をお造りになった手です。

 

神様の眼は、すべてを見抜き、すべてをありのまま見ておられる眼、しかし、あるがままの私を、あるがままで愛し、いつくしんでくださる眼です。その御眼が、じっと、私に焦点を当て、愛して見守ってくださる。しかも見守るだけでなく、その手はぎゅっと、私の手を握っていてくださる。

 

守ってくださる手です。いやしてくださる手です。導いてくださる手です。なんという救いでしょう。いのちでしょう。

 

信じる者に生きて働く神の愛の全能の力。パウロは言いました。

「また、神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように」(エペソ人への手紙1章19節)

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