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証し 人生は困難の連続であるが、神様の愛は変わることなく注がれている。(キリスト教伝道)

神様の約束を信じて  証し

「人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。詩編37編23節」

2015年10月18日、30歳で受洗の恵みにあずかることができ、クリスチャン生活も7年目を迎えた。私の信仰の原点、教会との交わりの初めは、幼稚園生の頃に腎臓病を患い病院に入院している時だった。当時、母はまだ求道中の身であったが、牧師夫妻がお見舞いに来て下さった。その時の事は今でも鮮明に覚えている。その後、日曜日の教会学校に通うようになる。

 

成長するにすれ、教会に通ったり通わなかったりを繰り返したが、神様の配慮がところどころにあった事を実感する。何気ない偶然の中に神様の必然があった。

 

2011年7月に結婚してから、試練は訪れた。仕事では、パワハラ、うつによる休職、退職、失業。家庭では、親族との不和、妻・娘との別居、離婚、離別。仕事を失い、家族を失い、借金を重ねながらの苦しい生活を強いられた。仕事と家庭の問題で行き詰っていた。

 

「すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。マタイの福音書11章28節」このみ言葉が頼りだった。

すべてをご存じであるイエス様が、私の重荷と悩みを共に背負って下さる。

神様は問題を用いて、私をご自分のもとに引き寄せられる。

離婚後半年間は精神的に立ち上がれなかった。

しかしその中で、失ったものに固執するのではなく、与えられているものを数えて感謝することを教えられた。

喪失体験が心に及ぼす影響は大きかった。

死を意識した。

そして、神様が身代わりとなって十字架で死んで下さったのだなと考える度に涙があふれた。

この時ほど神様の救いを求めた事はなかった。

私を見捨てず生かしてくれている神様に感謝し、一度死んだ身として、これからは生まれ変わって生きていきたいと思った。

この時、クリスチャンになる事を決心した。

 

イエス様を救い主として心に受け入れた時、牧師の説教が心に沁み、涙がこみあげてきた。

讃美歌は涙で歌うことができなかった。

 

 

受洗し、神様の恵みによって救われた者となった。

暗闇の中に座り込んでいたような私は、ただイエス様の一方的な愛によって、光の世界に移されて、新しい喜び、平安、愛に満たされた。

「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。第2コリント人への手紙5章17節」

「あなたがたの会った試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えて下さいます。コリント人への手紙10章13節」

「主は私のほうに身を傾け、私の叫びを聞き、私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。詩編40篇1節」のみ言葉が与えられた。

心を開いて受け入れた時、何かが変わった。

気が楽になった。もう一人で頑張らなくてもいい。

このままでいいんだと思った。

言いようのない平安に満たされた。

イエス様の救いにあずかり、嬉しい気持ちとありがたい気持ちでいっぱいになった。

自分の人生が救われたと思うと、やっと帰るべき所に帰ったと思った。

 

問題の解決をすべて神様にゆだね、神様を相談相手とする生き方が始まった。

神様の本当の愛を知り、苦しみや病気も受け止める力が与えられ、その苦しみの中でしかわからない不思議な恵みを知ることができた。

苦しい状況の中でも、人知では計り知れない神様の愛と平安を、また具体的な助けや力をイエス様にあって完成し、体験することができた。

患難は苦しみであるが、すでに神様の愛に生かされているという信仰を持っていれば、そのところから意味を見出していくことができる。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。マタイの福音書6章33節」

「あなたの受ける報いは非常に大きい。創世記15章1節」

受洗後、生活は変わっていった。

多くの憐み、慰め、祝福を授かることができた。

家、仕事、お金、人が与えられた。

娘との2年ぶりの再会の時も与えられた。

 

人生には、決して移り変わらないものが土台として必要だと思う。

変わりやすい人間だからこそ、決して変わることのない方を信頼し生きていくこと。

そこに大きな人生の安心が生まれる。

神様を信じるというのは、理解を超えた神様の言葉を勇気を持って受け入れていく行為。

何の望みも得ることができない状況の中で、なおも神様に望みを抱くこと。

人生は困難の連続であるが、神様の愛は変わることなく注がれている。

神様の愛と恵みを、もっと深く教えられていきたい。

「すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです。フィリピの信徒への手紙3章13節」

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